この度、日本画家の石踊達哉先生にご推薦いただき、日本美術家連盟に入会させていただきました。
先生は、「絵描きは唯我独尊、自らの作品に常に真摯に向き合いなさい。」という姿勢の方なので、そんなことを気にする方ではありませんが…。
私としては、ご推薦いただいた先生の名を汚さぬよう、より一層自らの制作に精進してまいりたいと思っております。
みなさまにおかれましては、どうぞ今後とも作品を見ていただき、ご支援賜れましたら幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
この度、日本画家の石踊達哉先生にご推薦いただき、日本美術家連盟に入会させていただきました。
先生は、「絵描きは唯我独尊、自らの作品に常に真摯に向き合いなさい。」という姿勢の方なので、そんなことを気にする方ではありませんが…。
私としては、ご推薦いただいた先生の名を汚さぬよう、より一層自らの制作に精進してまいりたいと思っております。
みなさまにおかれましては、どうぞ今後とも作品を見ていただき、ご支援賜れましたら幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
誰にでもあるだろうかお気に入り。
私にはお気に入りの文具がある。
中学の入学祝いに祖父からもらったCROSSのシャープペンシルと、同じく中学の入学祝いに父からもらったモンブランの万年筆。
CROSSのシャープペンシルは、当初シャープとは名ばかりな0.9という芯の太さに12歳の私は驚いたが、適度な弾力のある書き心地が大好きで、中学・高校のノートは、常にこの一本だった。
セットであったボールペンはどこかに行ってしまったし、クリップ部分の金属は使いすぎて、いまではボロボロだ。
また、モンブランの万年筆は、当初、私のような左利きには、インクが出なくなったり、紙に引っかかって紙が破けたり。大人の筆記具はなんて使いづらいんだと難渋していた。
ただ使い続けてみると、ペン先が私の左利きに馴染んだのか?インクもスムーズ、書き心地も柔らかくなった。
どちらも長年の使用で痛んでいる。
最近は、もっと使い勝手が良い三菱のジェットストリームもよく使う。
ただお気に入りは思い出とともにあったりする。
私の祖父は、民芸こけしが大好きで、単なる1コレクターの枠を超えて、民芸こけしの会をやっていた。
シャープペンシルを見るたびそんな今とは関係のない思い出を思い出し、たまには祖父の名前を検索して、懐かしく思ったりもしている。
お気に入りは、縁あって過去に私の手元に来てくれたモノ。
様々な思い出と、共にある。
ボクの好きなせんせい。
今まで出会ってきた多くの先生。
おかげさまで私の節目節目には、心に残る先生方がたくさんいる。
その中で私が日本画を志すキッカケとなった先生がいる。
…昨日、毎年やりとりをしていた年賀状が宛名先不明で返ってきた。
なんだか嫌な予感がしつつも、ご家族にご連絡差し上げたら、去年11月に他界されたとのこと。
(ご家族のこともあるので、どこまで綴って良いのかわからないが、どうも私は文章を書いてしまう。)
…中学校の美術の先生。
おもえば先生の授業で、初めて岩絵具と膠で描くことを知った。
岩絵具や日本画の面白さを教えてくれた先生。
日本画にすすむキッカケをくれた先生。
いつも冗談が好きで、幼い僕らには全然ウケない冗談をニヤケながら言うせんせい。
いつも美術準備室で、展覧会に出す作品の下図を描いていたり、日本画を制作していた。描くことを愛しているのが背中で伝わる先生。
その後、私が個展をやっても、いつも励ましに来てくれた先生。
その後、先生は付属の高校に移られて、私は教育実習でもお世話になった。
その出身校の先輩でもある息子さんも、今は日本画家として活躍されている私の大先輩。
先生の描くことを愛している気持ちとか、
どんな時でもユーモアを忘れない心とか、
私の中にも受け継がれていたらいいな。
先生、ありがとうございました。
美術と一口に言っても、そこには膨大な歴史があり、茫洋なつかみどころのない世界が広がっている。
そのような中で自らの表現のテーマを見つけることは、本当に大変なことで、私も美大に入ったばかりの頃は先生に、
「表現とは何か?表現する内容をよく考えろ!!」と、講評会のたび、口酸っぱく言われた。
学生初期の私には、その先生方の言葉が全く理解できず、
「テーマなんかより、自分がすごいと感じる何かを作ればいいじゃん、美術なんだから。
先生方は何を言ってるんだろう?」
と全く理解できない時期が何年も続いた。
普通そういうタイプは、「何を描くか?よりも、どう描くか?」ということに関心があるので、フォーマリズムよろしく、抽象画に行き着きそうなものなのだが、私はなぜかそうならなかった。
人間生きていれば、なにかしら考えているもので、今日の晩飯は何を食べようか?から、なぜ人間は生きるのか?など人間の悩みは様々だ。
そんな中で私がテーマを選ぶ際に、意識したことは、学生時代に金がない。というような悩みがあったとしても、金がないをテーマにはしないということだ。
入口が自らの個人的な悩みなのはとても良いのだが、そこから、なぜ金がないのか?なぜ金が必要なのか?そもそも金とはなんなのか?金に似たものはないのか?人間が生きる上でそもそも金は必要なのか?なぜ人は生きるのか・・・と、深く深く掘り下げて、なんだかわからなくなるくらい考えてこそ、美術のテーマになると私は考えている。
今日、美味しいものが食べたい!というような即時性のあるテーマは、歴史のある、いい意味で遅い表現である絵画には向かない。
芸祭の空気漂うこの冷えた風にあたりながら、
表現が多様化し、茫洋な美術にテーマが見つからない私のような美大生に…。