2023-01-30

ご報告

 


この度、日本画家の石踊達哉先生にご推薦いただき、日本美術家連盟に入会させていただきました。


先生は、「絵描きは唯我独尊、自らの作品に常に真摯に向き合いなさい。」という姿勢の方なので、そんなことを気にする方ではありませんが…。

私としては、ご推薦いただいた先生の名を汚さぬよう、より一層自らの制作に精進してまいりたいと思っております。


みなさまにおかれましては、どうぞ今後とも作品を見ていただき、ご支援賜れましたら幸いです。


今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

2023-01-21

お気に入り

誰にでもあるだろうかお気に入り。


私にはお気に入りの文具がある。



中学の入学祝いに祖父からもらったCROSSのシャープペンシルと、同じく中学の入学祝いに父からもらったモンブランの万年筆。






CROSSのシャープペンシルは、当初シャープとは名ばかりな0.9という芯の太さに12歳の私は驚いたが、適度な弾力のある書き心地が大好きで、中学・高校のノートは、常にこの一本だった。

セットであったボールペンはどこかに行ってしまったし、クリップ部分の金属は使いすぎて、いまではボロボロだ。





また、モンブランの万年筆は、当初、私のような左利きには、インクが出なくなったり、紙に引っかかって紙が破けたり。大人の筆記具はなんて使いづらいんだと難渋していた。

ただ使い続けてみると、ペン先が私の左利きに馴染んだのか?インクもスムーズ、書き心地も柔らかくなった。





どちらも長年の使用で痛んでいる。

最近は、もっと使い勝手が良い三菱のジェットストリームもよく使う。



ただお気に入りは思い出とともにあったりする。

私の祖父は、民芸こけしが大好きで、単なる1コレクターの枠を超えて、民芸こけしの会をやっていた。

シャープペンシルを見るたびそんな今とは関係のない思い出を思い出し、たまには祖父の名前を検索して、懐かしく思ったりもしている。




お気に入りは、縁あって過去に私の手元に来てくれたモノ。

様々な思い出と、共にある。


 

2023-01-04

ボクの好きなせんせい

 


ボクの好きなせんせい。

今まで出会ってきた多くの先生。

おかげさまで私の節目節目には、心に残る先生方がたくさんいる。

その中で私が日本画を志すキッカケとなった先生がいる。




…昨日、毎年やりとりをしていた年賀状が宛名先不明で返ってきた。


なんだか嫌な予感がしつつも、ご家族にご連絡差し上げたら、去年11月に他界されたとのこと。

(ご家族のこともあるので、どこまで綴って良いのかわからないが、どうも私は文章を書いてしまう。)





…中学校の美術の先生。

おもえば先生の授業で、初めて岩絵具と膠で描くことを知った。

岩絵具や日本画の面白さを教えてくれた先生。

日本画にすすむキッカケをくれた先生。


いつも冗談が好きで、幼い僕らには全然ウケない冗談をニヤケながら言うせんせい。

いつも美術準備室で、展覧会に出す作品の下図を描いていたり、日本画を制作していた。描くことを愛しているのが背中で伝わる先生。

その後、私が個展をやっても、いつも励ましに来てくれた先生。





その後、先生は付属の高校に移られて、私は教育実習でもお世話になった。

その出身校の先輩でもある息子さんも、今は日本画家として活躍されている私の大先輩。



先生の描くことを愛している気持ちとか、

どんな時でもユーモアを忘れない心とか、

私の中にも受け継がれていたらいいな。





先生、ありがとうございました。

2022-10-19

テーマについて


 

美術と一口に言っても、そこには膨大な歴史があり、茫洋なつかみどころのない世界が広がっている。

そのような中で自らの表現のテーマを見つけることは、本当に大変なことで、私も美大に入ったばかりの頃は先生に、

「表現とは何か?表現する内容をよく考えろ!!」と、講評会のたび、口酸っぱく言われた。


学生初期の私には、その先生方の言葉が全く理解できず、

「テーマなんかより、自分がすごいと感じる何かを作ればいいじゃん、美術なんだから。

先生方は何を言ってるんだろう?」

と全く理解できない時期が何年も続いた。


普通そういうタイプは、「何を描くか?よりも、どう描くか?」ということに関心があるので、フォーマリズムよろしく、抽象画に行き着きそうなものなのだが、私はなぜかそうならなかった。





人間生きていれば、なにかしら考えているもので、今日の晩飯は何を食べようか?から、なぜ人間は生きるのか?など人間の悩みは様々だ。


そんな中で私がテーマを選ぶ際に、意識したことは、学生時代に金がない。というような悩みがあったとしても、金がないをテーマにはしないということだ。

入口が自らの個人的な悩みなのはとても良いのだが、そこから、なぜ金がないのか?なぜ金が必要なのか?そもそも金とはなんなのか?金に似たものはないのか?人間が生きる上でそもそも金は必要なのか?なぜ人は生きるのか・・・と、深く深く掘り下げて、なんだかわからなくなるくらい考えてこそ、美術のテーマになると私は考えている。



今日、美味しいものが食べたい!というような即時性のあるテーマは、歴史のある、いい意味で遅い表現である絵画には向かない。



芸祭の空気漂うこの冷えた風にあたりながら、

表現が多様化し、茫洋な美術にテーマが見つからない私のような美大生に…。