だいぶ前に、私の作品を長く見続けてくださっている方から、 「大浦さんは、小出楢重を見ておいた方が良い。」 とアドバイスをいただいた。
その後、まとまって実物を見る機会がなかなかなく、残念に思っていたところ、今回、2001年(平成13年)以来25年ぶりの回顧展が開催されると知り、喜び勇んで府中市美術館へ足を運んだ。
展覧会を見てすぐに、なぜ私に小出楢重を勧めてくださったのかがよくわかった。岸田劉生と同様、小出楢重もまた、日本人にとっての油絵、「日本の絵画」という山に登ろうとした一人であることは間違いない。文化が西洋化していく時代の中でも、日本人特有の絵具の扱い、引きずるように絵具を置いていく感覚は色濃く残っていた。
「日本の絵画」ということを強く意識し、日本画のルートからその山に登ろうとしている私とは道筋こそ違うが、同じ頂を目指しているという意味で、小出楢重の作品群は非常に多くの示唆を与えてくれた。
小出楢重の作品には、大正期という時代性もあってか、デロリの表現が強い。一方で、そのヌード作品には、女性の身体そのものへの強い関心——避け難い男性的衝動とも言えるもの——が表れているように私には感じられた。
私自身、予備校時代にヌードを描くと、身体の量感や質感については評価される一方で、頭部だけが記号的になり、画面から浮いてしまう癖があった。身体には触覚的に迫ろうとするのに、顔になると目・鼻・口という記号に引きずられてしまい、量感に対する意識が弱くなる。その差異が、絵画全体の強度を弱めることがあった。
楢重もまた、その問題を強く意識していたのではないかと私は感じた。頭部を積極的に描かない、あるいは画面の中での重要度を下げる構図を選ぶことで、絵画全体の強度を保とうとしていたように見える。
その試みの途上で、楢重の命は43歳で終わる。もし彼がその後も制作を続けていたなら、扁平な頭部を持つ日本人モデルを真正面から捉えながらも、画面全体の強度を失わない表現に到達したのではないか——そんな想像をしてしまう。
「日本人の絵画」は、その平面性と、西洋の文脈である光・空間・量感とをどのように併存させるのかという問いを常に抱えている。楢重の最終的な答えを、私は見てみたかった。
では、私の答えはどうなのだろうか。
そのことを、改めて自らに問いてみる。